服をデザインすることは、ライフスタイルを理解すること

ジョセフ・アブードが日本デビューを果たして30年。その歩みをデザインの側から支え続けてきたのが、チーフデザイナーの飯島氏だ。ブランドの立ち上がりから4年目に参画し、スーツ中心の時代からカジュアルへの転換期、オーガニックコットンへのこだわり、そして「JOE COTTON」「ダディポロ」という2大ヒット作の誕生まで——試行錯誤と確信の間を歩き続けてきた。

「服をデザインすることは、ライフスタイルを理解することである」。ジョセフ・アブード氏が残したこの言葉を、何度と読み返してきたという飯島氏に、ブランドの本質と、これからへの思いを語っていただいた。

このブランドとの出会い

——ジョセフ・アブードには、どんな経緯で関わることになったのでしょう?

元々中途入社で、2ほど他の会社を経てオンワードに来ました。ちょうどブランドが立ち上がる1年前に入社して、最初は横目で見ていました2席隣に座っていたデザイナーが担当していたブランドで、最初の展示会のお披露目もお手伝いしたことがあって、「あ、いいブランドだな」と思っていたですが——前任の方が退社されるという形で引き継いだのが始まりです。1999年のコレクションからですね。

——その頃、すでに店舗数はかなりありましたか?

ええ、初年度から一気に展開していて。私が受け持った時にはすでに60店舗を超えていました。オンワードとして全国に広げようという力強い動きがあって。ただ当初はスーツが中心で、カジュアルはアメリカの商品を日本サイズに変えて買い付けるというやり方でしたね。

スーツからカジュアルへ——転換期の苦しさ

——今のカジュアルブランドになっていくのは、いつ頃のことですか?

ちょうど私がアブードを受け持った頃が転換期で。スーツ売り場よりカジュアルを強化していったほうがブランドとしていい、という会社の方針があって。当時は78割がスーツの売り上げ、残りの2割がカジュアルという状態で、今と全く真逆でした。スーツ売り場にカジュアルを置いても売れないし、百貨店の要望も強い時期で、なかなか試行錯誤が続いて苦しかったですね。

2005年ぐらいから売り上げも上がってきて、「日本においてはカジュアルのブランドだよね」と認知されてきた。そこから確立して安定してきた感じです。

ジョセフ・アブードさんという人

——飯島さんから見て、ジョセフ・アブードさんご本人の素晴らしいところはどこでしょう?

まず、「自分がこうデザインしたいから着てくれ」という押し付けのデザイナーではないところです。彼のマインドの中には常に「買っていただける人たちが本当に喜んでいるか」があって。来日された時、売り場にお客様がいると自分から接客しに行ってしまうんですよ(笑)。生の声をすごく大事にされる方です。

ライフスタイル——「お客様がどんなお仕事をされていて、どんな趣味があって」ということを聞き出せると、それがブランドの服づくりにも役立つという考え方が彼の底辺にあります。どんなシルエットで、どんな素材が良いか——それが大前提にあるモノづくりをされている方ですね。

——どんな人柄の方ですか?

すごくフレンドリーで、温厚な方です。「気難しい」というのは全く当たらない。「和」や「ハーモニー」というか——個が突っ走るよりは、チームや人との繋がりを大事にされている。

自然を愛される方でもあって、デザインのインスピレーションは郊外の紅葉や四季から「自然のカラーパレット」とよく言われますが、蛍光色のような人工的な色より、紅葉のグラデーションのような自然な色——一色では言い表せない色が彼のパレットなんです。実際に山を持っていて、「デザイナーにならなかったら庭師になりたかった」というぐらい(笑)。日本にいらっしゃると「この松を持って帰りたい」と言うほど、お庭に興味がある方です。

日本のジョセフ・アブードという存在

——現在、ブランドのデザインや企画はどのように行われているですか?

20231月から、日本におけるブランド所有権をオンワード樫山が取得したので、それ以降は全部日本で企画しています。それ以前も10年ほどはほぼ日本で企画していましたね。長年一社がずっとやってくれているからブレないだろうという信頼をいただいていました。

面白いのが、アブードさん個人とは今も繋がっていて、「今こんなのいいよ」という彼からのメッセージを汲み取って服づくりに活かすこともあります。彼自身、「日本のジョセフ・アブードは、自分のフィロソフィーを繋いでくれている」と言ってくれているんです。

ブランドを変えた一着——ダディポロシャツの誕生

——これまでで一番ヒットしたアイテムは何ですか?

「ダディポロシャツ」ですね。卵が生まれたのが2005年で、孵化したのが2007年ぐらいから。たかがポロシャツ、されどポロシャツで——父の日の一週間だけで全国約5,000枚売れました。そのシーズンはトータル25,000枚ほどを作って 、今では累計20万枚以上になります。

「きちんと感のあるポロシャツ」としてギフトとしても支持されてきて、この商品が何よりこのブランドを継続させてくれた一点と言っても過言ではないですね。

第二のヒット——「JOE COTTON」誕生の裏側

——次なるヒット作といえば?

2016年のSS(春夏)に、「JOE COTTON(ジョー・コットン)」というTシャツを作りました。ダディポロを愛してくださったお客様に、もっといいものを届けたい。オーガニックコットンへの思いが長年あって、「絶対オーガニックコットンで作ろう」と決めたシーズンです。

名前は「ジョセフ・コットン」も候補だったのですが、アブードさんのお父様が「ジョー」だったので、アブードさんに「お父さんの名前のジョー・コットンというものを作りましたがいいですか?」と伝えたら、「素晴らしい!」と言ってくれました。

オンワードとアブードでしかお楽しみいただけないオリジナルブレンドのオーガニックコットンを使ったTシャツは、タッチが良くて思いのほかお客様に支持されたので、一年後にさらに良いものを作ろうとなって。今では半袖Tシャツだけでシーズン3,000ほど売れています

2016——リブランディングの転換点

——ブランドの歴史の中で、特に大きな転換点はどこでしょう?

2016年のSS(春夏)ですね。アブードさんが来日されたタイミングで、「売れる商品」から「ブランドとは何なのか」をメッセージとして打ち出すリブランディングが一番できたシーズンでした。

アブードさんがブランドを立ち上げた頃からのテーマ——「自然との共生」「ナチュラル」「オーガニック」。オーガニックコットン、高価ですし、デザイナーにとって覚悟のいるクオリティで、でも「もうやろう」と決めたのがこの年です。「売れる売れないだけじゃなく、ブランドの本質をきちっとお客様に伝えていきたい」という方向に、マインドが大きく変わったシーズンでした。

ブラックレーベルに込めた思い

——ブラックレーベルはどういう位置づけですか?

通常ラインは着心地感や洗いやすさ、日常としての使いやすさを追求しています。でも近年、機能的なポリエステルやナイロン素材が主流になってきた中で、ブランドの本質であるナチュラル・オーガニックというマインドを改めてきちっと体現したいと思って、コーデュロイ、デニム、ウールなど——できるだけ天然素材で、通常ラインより格上の原料で、素材感の良さを肌で感じていただきたいというラインです。

デザインは奇をてらわずに、何年も長く着ていただけるシンプルなもの。特にセーターは、ブランドが立ち上がった頃のアーカイブのマインドを忘れないデザインで表現しています。

京都大丸——ブランドの世界観を全部表現している

——最近の大きな出来事といえば?

20254月に、京都大丸百貨店にブランドのフルラインナップを揃えたお店ができたことです。ジョセフ・アブードのスーツのコレクションラインから、MAUNTAINというユニセックスのライン、通常のラインまで全部置いた35坪のフラッグシップショップがオープンできたのが一番大きな出来事。

小さい坪数で効率重視という流れが多い中で、ハレの日のスーツから普段のカジュアル、MAUNTAINのアウトドアまで、シューズや雑貨もきちっと置いた、アブードの世界観を体現できるお店が作れた。アブードさん自身もとても喜んでくださって、カウンターにサインまで書いてくださいました(笑)。百貨店の中でジョセフ・アブードの本質が見られるお店ができたのは、30周年を迎えるにあたって大きな前進でした。

MAUNTAINの誕生——逆プレゼンから始まったブランド

——MAUNTAINはどういう経緯で始まりましたか

私が元々キャンプとか山とか自然が好きで、アウトドアのカジュアルが大好き。「アブードでやってみたいな」と思っていたところ、アブードさんに会う機会があった時にプレゼン資料を持っていって「こういうブランドを日本で作りたい」と伝えたら、「いいよ!」と言ってくれて。

通常ライセンスブランドは「向こうから来るものをやりなさい」なので、逆プレゼンはNGで、ちょっと前代未聞なんです(笑)。でも長い信頼関係の中で「どんどんやって」と言ってもらえた。そこからコロナになって、アウトドアブームもあったりして、今に至ります。

面白いのが女性からの反応です。メンズの素材感や仕様で作ったアウトドアのレディースって、あまりないんですよ。女性ブランドになると女子っぽいフォルムになりがちですが、メンズ感覚で気兼ねなく着れる。ポケットの多さや素材感——メンズライクな素材感でレディースのシルエット、という着目点が刺さったようで、今シーズンはECサイトでは圧倒的に女性客のほうが多いですね。

ブランドの哲学——「服をデザインすることは、ライフスタイルを理解すること」

——ブランドのフィロソフィーを一言で表すとすると?

ブランドが立ち上がった頃に、アブードさんが1995年のメンズクラブで取材を受けた時の言葉があって——「服をデザインすることは、ライフスタイルを理解することである」。迷った時にいつもこれを読み返します。現場のスタイリストが「どこに行かれますか?」ときちんと聞いてコーディネートする、ということも含めて、ここに全部書いてあるんですよね。

アブードさんが30周年の来日時にシャネルの話をしてくれて、「シャネルって、彼女がいなくなった今でも誰が見てもシャネルだよね。僕も、アメリカは今ちょっと違う部分が出てきちゃっているけど、日本に関しては僕のスタイルを30年間残してくれている。これからも続いてくれるとありがたい」とおっしゃっていて。自分のマインドが後世に続いてほしいという意識が彼の中にあります。日本はまだ力不足かもしれないけど、このマインドとモノづくりが続いていけば、決してなくならないブランドだと思っています。

これからのジョセフ・アブードへ

——今後、アブードをどのように伝えていきたいですか?

毎日着たくなるような服という商品を届け続けること。着てその満足感が倍増できるようなモノづくりを続けるのが、このブランドに一番必要なことだと思っています。

あとは新しいことへのチャレンジ。売れないかもしれないけど「着てもらいたい!」と思えば商品化する勇気——作る勇気も大事。ジョセフ・アブードというフィルターを通した中で、お客様に知っていただきたい新しい素材や着心地があるものは、頑張ってお届けできるように。それが一番のポイントですね。

パッと「これかっこいい」というものじゃなくて、ある一点から始まって、こう取り込まれていく——そういうブランドがあってもいいんじゃないかと思うんです。知らなかったけど、このパンツもう一回買いに行こう、みたいな。アブードさんが「服を作るだけじゃない、お客様を理解してブランドをデザインしてほしい」と言う意味が、そこに全部あるような気がしています。



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